坊さんでよかった!

おもしろい、かっこいい、すごいよ仏教!

お袈裟を縫う①

1998年2月21日、永平寺での生活が始まってから、1年が過ぎた頃だと思います。心身共に修行生活に慣れた頃です。

 

本など読んでみようかな という気分になりました。

 

というのも、永平寺には月に数回、決まった日時に業者がやって来ます。

本屋もそのひとつで、ふと手に取ったのが大法輪閣「袈裟の研究」久馬慧忠著 。言ってみればこの本こそ、私がお袈裟に携わるきっかけになりました。

しかし修行中は読むことも、縫うこともしませんでした。

初めてお袈裟を縫ったのは、永平寺での修行を終えて和歌山の寺に戻ってからです。

 

住職は勿論現役、副住職の私は正直あまりする事も無く、さらに永平寺との生活の差があまりにも大きくて・・・長い休憩と言いますか・・・。

 

燃え尽き症候群!?」とは言いませんが、とにかくいつもダラダラしていたことは覚えています。

 

そこで、「袈裟の研究」が出てくる訳です。暇だし、見よう見真似でプラモデルを作っていく感覚で取り敢えず作ってみようかという事で、

近くのダイエーで茶色の生地(手始めに1500円の物)を購入し絡子(ラクス お坊さんが首にかけている小さなお袈裟)を完成させました。

 

素人が見よう見真似で作成できるほど、「袈裟の研究」は丁寧にまとめられていました。この完成させた絡子を身につけて和尚の集まりに参加することで、少し変化が起こり始めます。

 

手縫いということは誰が見ても分かるほどの出来栄えでしたので、

 

「それ、手縫い!」と興味を示してくれる方。

「それは宗門では認めてられていないよね」と批判する方。

 

老僧の方ほど批判的な感想が多かったですね。

 

「えっ、手縫いのお袈裟って結構批判されるんだ」という驚きは正直ありました。

その一方で、色んな情報を提供してく方もいました。

その中の一つが、

お袈裟の会(手縫いのお袈裟を縫う集い)の存在です。

 

当時、奈良県で定期的にお袈裟の会を開いているお寺がある。という情報を教えてくれた方が「一緒に行ってもいいよ」というので、その言葉に甘えて連れて行ってくれる事になりました。

 

そこに先生として来られていた尼僧さんとの出会いが私のお袈裟への道を決定的なものにしてくれました。

 

続きはまた。

臘八摂心(Rouhatsu Session)します。

 摂心は集中坐禅修行のことで、摂心期間中は他の行をせずに坐禅三昧に打ち込む事が基本となります。

 

臘八摂心とは

月(12月)日(8日)(おさめる)(こころ)

お釈迦様がお悟りを開かれた(仏道を成就)された日と伝えられている12月8日に習い、12月1日〜8日まで坐禅に打ち込む修行のことです。

 

当山では、丸1日1週間のぶっ続けはごめんなさい。でき兼ねますので、下記のタイムスケジュールにて摂心を行じます。皆様の参禅をお待ちしています。

 

■12月1日〜7日(7日間は以下のスケジュール)

朝の部(1回40分)

坐禅 4:20

経行 5:00(経行ーキンヒンー 呼吸に合わせて一足幅でゆっくり歩く5分間)

坐禅 5:10

経行 5:50(5分間)

坐禅 6:00

抽解 6:40(抽解ーチュウカイー 坐を解いて休息に入る)

※抽解を持って午前の部は終了です。

 

夜の部(1回40分)

坐禅 19:00

経行 19:40(10分間)

抽解 19:50

坐禅 20:00

放禅 20:40(放禅ーホウゼンー 坐禅終了)

 

■12月8日(1回40分)

坐禅 6:00

放禅 6:40

 

期間中は大変寒くなります。防寒対策は各自でお願いします。

何もお構い致しませんので、参加費は無料です。 人生に坐禅を! 合掌

 

アメリカでの修行②

三心寺住職 奧村老師からの「行は甘やかしてはくれません」という言葉が刺さったまま、翌年2018年11月7日、羽田空港を出発。シカゴ空港を経由しインディアナポリス空港に到着。約1時間タクシーで移動し、三心寺に到着しました。

 

目的は「眼蔵会」への参加。日本からは私を含め4名の僧侶が参加しました。

(げんぞうえ→ 曹洞宗の開祖、道元禅師著 正法眼蔵の講義)

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眼蔵会のスケジュール

 

定員は20名で、アメリカ全土、ヨーロッパ、日本より出家、在家が参集し、老師による英語での講義と坐禅の日々が始まりました。

坐禅は1日に7回あって。1回の時間は50分。日本ではだいたい40分を1回としていますので、プラス10分がとにかく長く感じます・・・。

さらに、私たち日本僧4人は、時差ボケに完全にやられ居眠りをしてしまう有り様。

微動だにせぬアメリカ人の参禅者の横で、私たち4人は爽やかな風を受ける暖簾のようにゆらりゆらりと・・・。申し訳ないやら、情けないやら・・・。

 

40歳過ぎのアメリカでの短期修行、全日程を無事終える事ができました。

 

ー 強く感じたのは、坐禅へのこだわりポイントが違う事 ー

日本では、結跏趺坐か半跏趺坐にこだわりを持ちます。(最近では、普く広めるために解説程度に止まることもありますが)

アメリカでは、そもそもそのような足の組み方ができる方が少ないので、背筋をまっすぐにし、バランスを安定させるには・・・という点にこだわりと工夫がなされていました。椅子による坐禅や、自分に合うように、薄いクッションを重ねたり、丸型や円柱形や三日月型などの坐蒲(ザフ)を用います。それらの工夫や坐蒲の形状は日本で目にしたことはありませんでした。

そして、彼らは皆一様にしっかりと坐るのです。

彼らと坐を共に出来た事は私にとって非常にプラスになっています。

 

これまでの坐禅を捨てるつもりはありません。また、どちらが正しい坐禅かを問うものでもありません。ただ、こうでなければダメだ!という坐禅へのこだわりを捨てる事ができた分、私の坐禅は楽になったような気がします。

 

坐禅を始めてから20年目にして、またひとつ坐禅が変わった気がしています。

                                                                               合掌

 

アメリカでの修行①

2019年11月6日から12日まで、アメリカのSanshin Zen Community(三心寺)に短期の修行に行ってきました。昨年に続き2度目。

 

きっかけは、2017年の初冬、三心寺住職の奧村正博老師との出会いでした。

いろんなタイミングが重なって、奧村老師と東京の蕎麦屋で夕食を共にする機会をいただきました。もちろん、初対面。名前も知りませんでした。

印象は・・大柄で、わりと2枚目。ソフトな感じはするけれどシャイ。

 

その日は私を含め6名の和尚が雑談。とは言っても、内容は修行とは・・教えとは・・。

和やかに、老師は好きなお酒を飲みながら淡々と答えて行く。私はそれを1番遠い場所から聞いているだけでした。

 

気を使った親友の和尚が私の紹介を始め、老師との問答の機会を与えてくれました。

話の流れで、

↓ ↓ ↓ ↓ ↓(日々の個人的スタイルを話しました)↓ ↓ ↓ ↓ ↓

私は仏教書を読んでも理解できないし、忘れるし・・。だから、草取りしたり、お袈裟を縫ったり、托鉢をしたりで・・。学が無い分、別に行(ぎょう=実践)に甘えている訳ではないけれども、私は行に救われています」と言い終わるや否や、

 

行は甘やかしてはくれませんよ」と静かに言われました。すごく強烈で、

その言葉が、今も心に刺さったまま抜けずにいるんです。

 

疲れたから、忙しいから、自分に甘えて行をサボることはある。よくある!

       サボることを許してくれない行って何?

  草取りが私をサボらせない!?  坐禅が私をサボらせない!?

いや、サボれる!!  この自問自答が三心寺へ向かうきっかけとなりました。

 

                       合掌

ブログ始めました。

みなさん、こんにちは。

修行を終えて、生まれ育った寺に戻って

坐禅に掃除に法事に葬儀。

気がつけば40過ぎに・・

 

この頃思うんですが、「仏教ってすごい!」

 

今までは、禅宗の和尚は黙って修行!なんて本気で思っていました。

今も少しはありますけど・・・。

 

でも、「このままじゃ、もったいない!」

大好きな「歌」や「本」って誰かに紹介したくなりますよね。

そんな感じで、仏教のすごいところ。かっこいいところ。おもしろいところ。

これから、色々お伝えしていきたいと思います。

                     合掌