坊さんでよかった!

おもしろい、かっこいい、すごいよ仏教!

お袈裟を縫う②

私にお袈裟を教えてくれたのは、愛知県一宮市 常宿寺の岡本光文師でした。

またお袈裟を通じて、本当に色んな事を教えてくれました。

 

光文師は当時、奈良県大淀町 蟹宮庵にて開催されていたお袈裟の会に先生として来られておりました。そこで私は、光文師のご指導のもと、七条割截衣というお袈裟を作り始める事になりました。

 

お袈裟の作り方をまとめた紙を見ながら、とにかく初めての事。言われるがままに計算をし、布に線を引き、ハサミで裁断し、パーツを繋ぎ合わせていく作業が始まりました。

 

奈良県に通う事4、5回だったと思います。奈良でのお袈裟の会は休止になりました。

理由は ー 光文師ご自身のお寺の普請が始まるので忙しくなるから ー でした。

 

落ち着いたら連絡があるとの事でしたので、そのまま待つ事になりました。

勿論、私のお袈裟はまだまだはじめの段階で、まち針が付いた状態のまま。

 

ところが連絡がないまま3年近く経ちました。私の方から連絡を入れなかったのは、私自身それほど熱心ではなかったからです。このままで終わっても別に・・・と行った感じでした。

 

でも、正直気にはなっていました。布は放ったらかしのままですが、「袈裟の研究」を読んだり、光文師から頂いた説明書に目を通したり・・。それほど熱心ではなかったけれども、興味は消えていなかったのだと思います。

 

そしてこの時、新しく出会った本によりまた少し変化が起こり始めます。

大法輪閣『「正法眼蔵 袈裟功徳」を読む』水野弥穂子 著がそうです。

 

読み進めていく中で、私の心を強く揺さぶったのは、

お袈裟の衣材としての布であれば、その布はすでに仏さまである。という意味合いの言葉でした。

 

「このまま仏さまを放ったらかしにしてはダメだ」と思い、本を読むのを止め、すぐに風呂敷を開いたことを覚えています。

 

そこには少し錆びついた待ち針が刺さったままのお袈裟の姿がありました。

 

完成させなければという思いが強くなる中、私は常宿寺へ電話をかけるべく受話器をつかんでいました。

 

続きはまた